人生に疲れたときに効く、こころを回復させて元気になる5つのヒント

人生に疲れた

人生に疲れた、というような気持ちになることは、程度の差はあれ誰にもある。自分がそうなってしまったときは、何とも言えない暗く窮屈な感じが生活全体に覆いかぶさり、助けが欲しくなったり何もかも投げ出したい気持ちになる。こうしたときはいったい私たちにどんな方法が残されているのだろうか。

人が人生を穏やかな喜びとともに生きられないのは、それなりの理由がある。これから示す方法は全ての人の万能薬ではないが、丁寧にしっかりと実践すれば、不全感や苦しみを取り除く助けになるはずだ。

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人生に疲れた人を助けるいくつかのこと


ひとまず「人生に疲れた自分」を受け入れる

人生に疲れたと感じたときは「人生に疲れた自分」を嫌がらないでいい。その感じをもとに「自分の人生に何が起こっているか」を分析、「あーそっか。こういう理由で人生に疲れた感じになっちゃっているんだなぁ」という、一歩離れた力の抜けた目線で自分の人生を捉える。

仕事の失敗を引きずる人は、「自分が失敗した」ことを端的な事実を受け入れられず、「どうしておれがこんな苦しい目にあったり怒られたりしなきゃいけないんだ」とか「あーあ、仕事がイヤだなぁ、また皮肉を言われるなぁ」といったことに意識がいき続ける。「失敗しない自分」=「怒られない自分」=「常に気分よく仕事をしていたい自分」のイメージを保つことにエネルギーを使うことになり、失敗したことを自分の人生の問題として受け止められない。

大切なのは「たしかに失敗したんだなぁ。そりゃ、あんな風なら失敗した感じになるよ。次からはこうしよう」というように、失敗した自分を優しく受け入れ、なぜ失敗したか見極め、次にするべきことを定めることだ。何をすればいいのかという具体的な希望がよい感覚をくれる。生きるのに疲れてしまったときに大切なのは、自分が人生に疲れてしまったという事実を受け止めることだ。「なんかイヤだなー、気分が晴れないなー、どうしたらいいのかなー、なんか疲れたなー」くらいの感じでい続けると、「何かを変える」という決断ができないまま時間に流され続けてしまう。

「人生に疲れた」状態は誰にでも訪れることだ。長い人生の中で1回も疲れない方がおかしい。どんなに輝いて見える人でも「もう何もかも嫌になった、消えたい、全部を終わりにしたい」とか「もうどうしようもない。全てに疲れた。全部投げ出してめちゃくちゃになってしまいたい」とか思うことはままある。それは1度や2度ではない。人生に疲れるのは歯痛や風邪のようなものだ。予防して確率を下げることもできるだろうけれど、いざとなれば毅然と対応することが大切だ。

辞める、逃げる、休む

自分がストレスを感じるような行動、習慣を一度キャンセルしてしまおう。その仕事が嫌ならば辞めてしまってもいい。特定のプロジェクトにストレスを感じるなら投げ出してしまう。チームが我慢できないならば一度離れてしまう。育児に疲れたのなら、疲れを感じるような具体的な部分を探し出して、その部分を誰かに助けてもらう。

仕事もプロジェクトもチームも子育ても、あなたにまったく向いていないということではない。一度辞めたからといって、人間として失格ということにも、能力不足だということにもならない。人生に疲れるのは歯痛や風邪と同じだということを思い出してほしい。人生にはそういう時期があって当然だ。誰に責められることでもない。休まざるを得ない状況に置かれれば、休むことになるのは自然で当たり前で仕方のないことだ。「疲れました」と誰かに告げることは、恥ずかしいことでも何でもない。

必要な時間を確保する。他の誰でもないあなたの人生だ。自分で自分に休む選択を許可しよう。他人の考えや評価や価値観は関係がない。あなたの歯痛や風邪を治すのはあなたであり、周囲の人の頭の中はいっさい関係がない。いいから、大丈夫だから、一度休もう。

現実を憎む「ジャッジ」を停止する

心が疲れてしまったとき、何気ない時間の中で、ふっと心に浮かぶ苦い記憶があるかもしれない。それは就活に失敗して馬鹿にされたことかもしれないし、婚活が上手くいかなかったことでなじられたことかもしれない、パートナーに結婚生活をひどいものにされたことかもしれない。彼氏に恋愛で裏切られたことかもしれない。十分な教育を受けさせてもらえなかった、愛情を注いでもらえなかったと、両親を恨む気持ちかもしれない。

こういった人を憎む、許せない気持ち、相手を「ジャッジ」する気持ちが心に浮かぶと、それは延々と続く心象風景になって頭の中をめぐり続ける。過去の嫌な思い出を、何度も反復してツラい気持ちに身体が覆われてしまう。そのとき、人は自分の顔がいかに虚ろなものになっているか、いかに身体が固くなり、呼吸が浅くなっているかにも気づけない。こういった他者へのジャッジが何度も起動してしまうクセができると、どれほど自分を勇気づけようとしても、自分の人生を生きていくことは難しい。

自分の中にある「他者」や「起こってしまった現実」と戦うクセを取り除くことができれば、人生は驚くほどシンプルで美しいものに感じられる。これを実感するためには、何度か取り上げている「ザ・ワーク」という本のエクササイズがお勧めだ。4つの質問と置き換えを駆使して自分と対話することで、現実に起こっていることを自然に受け入れ、他人を憎むゴリっとした心のしこりをとることができる。

ケイティはまずゲストに「ストレスのもとになっている誰かや何かを裁くようなストーリー」を考えてもらう。そしてそのストーリーに対して

「それは本当でしょうか?」
「その考えが本当であると、絶対言い切れますか?」
「そう考えるとき(あなたは)どのように反応しますか?」
「その考えがなければ、(あなたは)どうなりますか?」

という4つの質問を行い、さらにそのストーリーを

「自分自身のことに置き換える」
「主語を置き換える」
「内容を反対に置き換える」
といった原則に基づいて「置き換え」ることで、ゲストを縛っていた思考を解きほぐす。その結果、「Aは私にあんなことをするべきではない」というストレスを抱えていたゲストが、ワークを経て「Aは私にあんなことを<するべき>だ」という、全く真逆の思考で現実を受け入れることになる。

引用記事:ストレスや悩みや葛藤の根本を理解させてくれる「ザ・ワーク」の紹介


回復期を受け入れる

休むことでタスクが少なくなると、ストレスが軽減される反面、生活が急に空虚なものに感じられるかもしれない。自分を支えてきた何かがなくなった気がしてむなしい感じがするが、かといって何かをしようという気にはならない。ただなんとなく生きている感じ。もしくは突然、何かをしなくてはならない感じがしてきて、焦りに似た感じが湧き上がってきたりもする。「早く何かすることを見つけなくては!」

空っぽなときも、焦るときも、大切なのは慌てずにもう少し待つことだ。時間をとって「ただ休む」という行動をとることだ。

人生に疲れるのは、望みと行動が上手く統合されている感覚を失うからだ。仕事でもプロジェクトでもチーム活動でも子育てでも、大変な中で充実感を感じて生きている人はいる。そういった人は自分の心身が本当に望んでいることをしているために、行動すること自体が生き生きとした喜びを生んでいる。周囲から見れば苦難を味わっているように見えても、本人はその行動から「良い感じ」を生み出せている。だから気分よく生きていける。

やりたいはずの行動をとっているのに、いざやってみると大して楽しくない、むしろ虚しくて意味のない感じがしてやりたくない、といったようなことになれば、疲れてくるのは普通だ。何をしても満足感のない状態が続く。自分が何を大事にして生きていきたいかを自分でつかむことがポイントで、それには休んで少し元気になるといい。

参考記事:スタミナがないあなたへ、体力をつけるシンプルで効果的な4つの方法
参考記事:疲れをとるのは簡単、とても効果的で超シンプルな5つの疲労回復方法

他人との関係を見直す

人間関係は生きる大切なポイントになる。自分がしていて気持ちのいいことをすること。気持ちのいいことをできないときがあっても、回復して楽しむために気持ちのいいことが出来るように戻ってくること。まず自分が気持ちよく喜びを感じられる人生にしていくこと。そのリズムの助けになるような人間関係を周囲に作っていく。

他人の価値観や評価を優先させない。自分の感じていることを大切に生きるためには、相容れない他人の価値観に大してNOを言う必要がある。喧嘩腰になれとか、とげとげした対応をしろとか、他人をめちゃくちゃに論破しろとかいう話じゃない。ただ「価値観が相容れないときがあり、そのときは自分の価値観を大切にするのが自然で、当然で、よく生きるために仕方ないことだ」という事実を踏まえて生きる。喜びながら生きるための黄金律だ。

他人をどうにか望んだとおりにしたいと思うのもやめる。他人のことで「こうさせたい」と思っていても、他人を意のままに変化させることはできない。例えば上司を自分をよく扱うような人間にすることはできない。他人は関係なく、自分が感じたいことを人生の基底におく。

他人も同じようなものだ。他人がどうするかは関係ない。自分がどう生きようとするかという問題だ。

あなたが気持ちよく生きていく助けになる人に、少しだけ頼って生きていく。元気になれる人と会う。元気になるリズムを生活の中に作っていく。回復していく。自分の感じることを大切に生きる。
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