チームは花火だ! 仲間も現実も、操れないから素晴らしいという話

チームは花火だ

チームは「花火」みたいなものだ。チームを理論的に完璧なものにしようとする試みは失敗に終わる。完璧な人間を作ることが不可能なように、完璧なチームを作ることも私たちにはできない。「組織作り」なんていう言葉に惑わされて、あらゆる点で効率的で完璧なチームを目指そうと意気込むと、負荷がかかったり傷つくものがあるだろう。チームも人も「なまもの」だ。

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チームは固いダイヤではなく、柔らかい花火だということ


チームをコントロールしきることなどできない。何かを成し遂げたリーダーが「私はたいしたことはしていない」「みんなのおかげ」というのは、謙遜ではなく実感だ。成果を挙げるためにリーダーは「委任」を上手く駆使する。委任できないリーダーは集団の力の最大化に失敗して成果から遠ざかる。だから「すべて私が」ということにはならない。

コントロールできないからこそ生まれるものもある。感謝や愛情は、他人を「コントロールできるもの」として接する限り生まれてこない。相手を操縦しようという欲、操縦できるという傲慢さがにじみ出ると、他人はそれを避ける。他人のことをコントロールできるという妄想にはっきりと分別を付けることが、調和と幸福のカギになる。他者のコントロールできなさに傷つき、苦しみ、悩むときが来るだろう。それでいい。その体験が大切だ。

チームは花火のようなものだ。リーダーがダイヤモンド職人のように、曇りなく磨き上げることは不可能だ。人知で人間を完璧にすることはできない、チームも同じだ。効率的な「ルール作り」「インセンティブ」「人事評価指標」に惑わされないように。一人の人間が全力を尽くして設計すれば、いいチームになるというものではない。操作主義にならないこと。自分が仲間に接するときに、どのような心の動きがあるかを自分でチェックすること。そこに欲望がありすぎると、自身も他人も傷つくことになりかねない。
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