目標とノルマの違いを知って、自分を責めず今日を良い日にしよう

目標とノルマの違い

あなたには目標があるだろうか。そしてその目標を上手く活用できているだろうか。ひょっとしたらあなたは自分で決めた目標で、自分自身を苦しめているようなことはないだろうか。

やらなきゃいけないことはわかっているんだけど、ついつい手を抜いてしまう、実行することができない。せっかく始めたことが三日坊主になったり、新年から始めたことが続かなかったりするときに、「ああ、自分は何て意志の弱い人間なんだ」と思ってしまったことは、多くの人にあると思う。

こういったとき人は目標の達成を絶対視して、自分のやる気や意志の不足を嘆きがちだ。だが本来、目標とは人をがっかりさせるものではなく、人を元気にするような使い方をするものだ。ここでは努力義務であるノルマと、目標の違いを見てみよう。

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目標の意味とノルマとの違い


目標をどうイメージすればいいか

ひょっとしたらあなたは目標について、「必ず達成すべきもの」と思っているかもしれない。だがそれは目標というよりもノルマといった方が近いだろう。ノルマとはロシア語で、「モノゴトを達成するために割り当てられる標準作業量」のことだ。一般には、達成すれば何らかの利益があり、できなければ何らかのペナルティがあるように使われる。

だがこのようなアメと鞭を自分に課して努力するのは、短期間ではよくても長いことは続かない。「達成するべきこと」「義務」に縛られることは、誰にとっても苦しいものだ。それが現状では容易ではないような、多くの努力や変化を要するものならなおさらだ。

あなたは目標をノルマのように扱わないようにしよう。たとえば、あなたがどうしても石を当てたい的がある。ノルマ思考の人は何度も石を投げるが、たまに当たれば大きく喜び、外れてしまえば落胆する。石が当たれば自分を褒めてあげられるが、当たるまでは非常に苦しい思いをする。何としても、的に当てなければならないと思って石を投げる。

目標を上手く扱う人は、まず石を投げてみる。当たらなくてもがっかりしたりしない。むしろこう考える。「いまは右に外れたから、次はもう少し左寄りに投げてみよう」
また外れてもがっかりはしない。「よし、的に近づいたぞ。次はもう少しだけ上に投げればいいな。こうしたら上に投げられそうだ、やってみよう」

目標とは的のようなものだ。的があることで、いまこの瞬間から何をするかを決めることができる。的があることで、現状をどう変えていくかという手がかりを見つけられる。手がかりをもとにしたプランがあるから「自分は望むような未来に近づいていける、成長して現実を変えていける見込みがある」という希望を持って今日という日を生きていくことができる。

つまり目標とは、叶わないことで人をイライラさせたりするものではない。目標は人を助ける。目標があることで、「そうか、次はこうすればいいんだ! やってみよう!」という健やかな気持ちと明るい見通しを得て、自分のことを助けていける。だがときに人は、自分でたてた目標を達成できていないことによって、自分で自分を責めてしまう。

目標を達成していないことで自分を責めない

目標を義務として扱うことで、自分で自分を評価してしまう。理想を叶えていない、理想に確実に近づいていない自分を「こんなんじゃダメだ」と責めることで、無理やりに奮い立たせても、行動を起こそうとする活力は湧かない。

目標が「必ず達成すべき理想」なら、理想の自分になっていない現状の自分は相対的にダメなやつになる。必ずメジャーリーガーになりたい少年が、メジャーレベルのプレイができない自分に苛立っていたら、大人になるころまでには身体も心もボロボロになってしまう。目標を使って自分をジャッジするような考え方はやめよう。目標を達成できたから自分は合格、できていないから失格というような使い方をしないことだ。

目標は「現状からどうしていくか」を決めるときの手がかりとして使おう。「こういう風にやっていこう、きっとできるはずだ」という明るい展望をもって努力していくことが、自分に鞭を打つよりも大切だと考える。

たとえば受験間近まで、目標まで模擬テストの点数が伸びなかった人がいる。そこで「あぁ、努力不足だからだ。なんて自分は怠惰なんだ。きっと落ちるに違いない」といって自分を責めるのか。

逆に「もう時間がないのなら、しっかり勉強していては間に合わない。科目を絞ってヤマを張るところを探そう、その方が合格できそうだ」という希望を持って机に向かうのか。大きな違いだと思わないだろうか。目標は今日の自分を助けるために使うのだ。

チームで目標を義務として扱っていないか

多くのチームでは目標が設定されていることだろう。仕事なら売り上げ目標だとか、部活なら県でベスト8だとか。その目標を一人一人を操作するために使っていないだろうか。「このままじゃ目標を達成できるか怪しいのに、あいつは努力していない」というような個人攻撃の材料にしてしまっていないだろうか。目標を達成できていない、これから達成できる見込みもないとして、仲間に「ダメだ」というレッテルを貼り、評価してしまっていないだろうか。

チームは目標を掲げることで、一人一人に義務ではなく手がかりを与えるものだ。掲げられることで息苦しくなってしまうような気風があるなら、目標はない方がいい。いつかの誰かが決めた目標で一人一人を操ろうとしてはいけない。

上司は部下に対して、リーダーは選手に対して、「こんなんじゃ目標は達成できない。お前たちは全然お話にならない。ダメなやつだと思われたくなければ努力して見せろ」という形で目標を利用することがある。けれどこのような話型で人は明るく元気になるだろうか? 「よし、やってみよう!」となるだろうか。目標が味方ではなく障害になっていないか考えてみよう。

目標を達成できない仲間を敵とみなすこと。仲間同士で助け合わず、目標に基づく責任を押し付けて個別に努力させること。自分の理想に合致しているからといって、無自覚に目標を人に押し付けてしまうこと。どれもチームの中でやってしまいがちなことだ。下の記事たちも参考に、ちょっと違う視点で目標を考えてみてほしい。

参考記事:理想の現実を阻む人に「無能」や「悪意」を見出さないようにしよう
参考記事:「あなたのため」の中に潜む、「自分のため」に気を付けようという話

あなたがノルマで自分を苦しめたり、他人に目標を押し付けたりしているのなら、この記事で少しだけ考え方を変えてみよう。あなたの人生にも、他人の人生にも義務はない。あなたがやることは、あなたが望む形で、あなた自身で見出すことができる。他人も同じだ。一時の理想や他人からの要請に縛られずに、目標と上手に付き合いながら日々を過ごしていってほしい。
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