教えるために必要な心得、人への教え方や指導するときのコツとは?

上手な教え方のコツ

教えることが技術として出来るようになるためには、教えられる側よりも広く深く、そのことについて通暁している必要があるだろう。教える立場に立とうとすることは、教えられる位置からはるか遠くにジャンプする試みでもある。その過程で、どうすれば教えたことになるのか、そもそも人にものを「伝える」ためにはどうすればいいのか、ということに直面するかもしれない。ここに教えるための基本的な方針を置いておこう。

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教えるために大切ないくつかのこと


教える際の心得

教えたがりになってはいけない。教えたいという衝動に勝てないと、相手の状態を見ないままに教えを押し付けるようなことになってしまいがちだ。相手にこれを学びたいという意思があるのか、望んだり興味を持っている状態なのかを、観察して知らなくてはならない。意志や関心のない相手に教えることは難しく、思うに任せない。教えてほしい人には教え、教えてほしくない人には教えなくていい。

自分自身に教えられる見立てはあるのか。こうすれば確かにこうなるという、理論と経験に裏打ちされた見立てはあるだろうか。見立てがないまま人に教えるというのは、自分の理屈をまき散らしているだけになってしまう。ポイントはどこにあるのか、「確かに向上し狙った方向に進化している」と教える側は何を観察することで判断するのか、そういった見立てがなければ教えることはできない。自分の内部に確たる理論がなければ教えるのは無理だ。文字通り、理が無い。

「ここまでは教えられる、だがこれは無理だ」というように、自分に教えられることには限界があるというわきまえも大切だ。わきまえをなくすと、むやみに教えたがったり、余計な言葉を使ってしまったりする。全てを教えられることはない。

教え方とフィードバック

教えるときは、狙いを示す。その狙いを達成するために行うことを示す。そしてその行いに対して的確なフィードバックをしていく。狙い、行動、フィードバックの組み立てと質に注力する。もしも教えられる側に進歩が見られない場合は、相手が悪いのではない。教える側の力量がまだ足りないだけだ。自分の働きかけや返答が、教わる側にとって有効かどうかを問う。「もっとこうすればよかった」が見つからないことの方が圧倒的に少ない。

相手の人格は関係ない。褒めたり叱ったり、空想的な評価はしなくていい。起こった事実を基に、確かにそうだと相手が確信できるフィードバックを返していく。無理にやる気や元気を出させようとしなくてもいい。理屈と体験で「確かにこうなっていく」という確信を得られれば、教わる側のやる気や元気は自然と出る方向に向かう。

行動について相手がどう感じているかを知るために、観察したり、「どう?」と感じを尋ねる。それが相手にフィードバックするときの大切な手掛かりになる。フィードバックはマニュアル化できない。教える側が自分を表現していく。失敗したとしても責めない。自分を責めることは無意味だ。失敗の中にもここまではOKという部分がある。それを忘れているのなら思い出させればいい。かといって失敗を指摘することをためらわない。ねらいで示したことと方向性が違うのであれば、事実として告げる。

相手は感覚や感情の固まりだ。理屈を伝えるのではなく、感覚を伝える、感覚を開発してもらうといい。矢の打ち方を本に書いてある通りに伝えても難しい。実際に矢を放つ人の「整った、澄んだような感覚」が目の前にあることで、教えることができてくる。教える側はその技術を駆使するときの感覚を身体で把握していることが大事だ。教える側が教わる側と接しているときの存在感が、その感覚を伝えられるようなものであるかどうかは、思いがけなく重要だ。
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