人を指導する時の注意点は、否定と強制の言葉遣いに気をつけること

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誰かに何かを教えたり、特定の技能や方法を指導する機会には、否定や強制の言葉づかいによって、意図しない感覚を相手に与えてしまうことがある。

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否定と強制の言い方を避けるべき理由


「お前は弱気だからダメなんだ、もっと強くぶつかっていけ」というような人格言及はしなくていい。わざわざ「おれはお前に対してお前のことを弱気な奴だと思っていると伝えないではいられない」と告白しなくてもいい。相手が気の弱い人なら活力を失くすか闇雲に頑張るか、という方向に流れたりする。本当は気の強い人なら、人間的な信用を無くしてしまうだろう。他者の人格に日常的にああだこうだ言及してしまうクセが、どんな感情的変化を自分と周囲に何を引き起こすのか、それが自分や周囲の人間の人生にとってどんな意味を持つのかを、自分の人格に問うてみるといい。

「もっと強くぶつかっていけ」と伝える前に、その働きかけは有効だろうか。相手が相手なりの「もっと強くぶつかる」を実行した場合、あなたの狙いはうまくいくのだろうか。そもそも「もっと強くぶつかる」こと自体が最も効果的で効率的な選択肢なのだろうか。人格を揺さぶって強制させること自体が大きなリスクを持つのに、それが上手くいかなかった場合、自分を嫌いになるか、教え手を信じなくなるかのどちらかにいくかもしれない。強くぶつかることを強制することは適切だろうか。

「なんだお前あのシュートは、こうしなきゃダメじゃないか」と言う場合、「あなたのいまの行為はこういった理由でダメだ、私が意図している方向性と違う」という認知を持てない人もいる。「あんなダメなシュートを打つお前はダメだ」という認知を持ってしまうかもしれない。そのリスクを意識する。相手の反応を見る。「そうかなるほど!」ではなく、がっかりした硬い顔になったら、何かダメージを与えたのかもしれない。誤解のないように、明確な声がけで、効果が確かにあるフィードバックを行うスキルを磨くことが大切だ。否定言葉に注意して自分を省みてみる。

行動を強制させるのなら、行動したことによって確かによい変化が訪れるという確信を持ってもらえなければ、信頼がなくなる。強制することで、自分の感覚が拓けていくような感じを持ってもらえれば、この強制に意味があると信じられる。その感覚を拓けば自分が選択肢や成長を手にすることが出来るという希望がある。ただ何かを強制されるだけでは、自分のしたいことをしている感じがない。そんな行為にモチベーションなどない。結果的に、もっと強制的な指示を与えなければいけなくなる泥沼にはまる。ふだん否定と強制の言葉をどれだけ使って、自分がどんな感覚的変化を起こしているのかを見てみると、上手くいかない理由がわかるときがある。
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