フィル・ジャクソンのコーチ哲学に触れる、イレブンリングスの感想

フィル・ジャクソンのイレブンリングス

「イレブンリングス 勝利の神髄」は、NBAファイナルを11度も制したコーチ、フィル・ジャクソンの最新書籍だ。3度の三連覇を含む金字塔を打ち立てる過程をいきいきと描き出したこの本には、バスケットボール選手やコーチのみならず、あらゆるチームに所属する人々に多くの示唆を与えてくれる金言や考え方が詰まっている。

2014年の7月5日に発売されるこの本を読了した感想をまとめるうえで、一番の障害は「参考にすべきポイントが多すぎてまとめきれない」ことだった。全22章にわたるフィル・ジャクソンの語りには濃密なエピソードが詰まりに詰まっており、その一つ一つをクローズアップしていては感想だけで一つの書籍になってしまう。ここでは本書が何を伝えようとしているかを簡単に書き出してみる。

他に本書の概要について詳しく知りたい方は、ゴールドスタンダード・ラボさんの記事の中で、非常にわかりやすい概観が示されているので読んでみよう。

参考ページ:フィル・ジャクソン新たなる旅路へ −ロード・オブ・ザ・”イレブン”リングスを振り返る−

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イレブンリングスの感想


知識を詰め込んだコーチや初心者のリーダーへ

本書でもっとも注目すべきポイントは、フィル・ジャクソンが非常に柔軟な姿勢をもってコーチの任務にあたっているという点だ。コーチングは巷に溢れている自己啓発本などの「これさえやれば大丈夫!」という文句とはかけ離れた臨機応変さが求められるものだということを、イレブンリングスは直感的にわからせてくれる。

管理職やキャプテンが欲しがる「正しいやり方」のようなマニュアルは実際には存在しない。リーダーの一人一人との相性、感情的反応や価値観、集団所属についての意識やストレスへの反応、悩みや問題をとらえる姿勢など、細かな部分においてまったく同一のチームは一つも存在しない。あるチームに適応できることが他のチームにも適応できるとは全くいえない。

イレブンリングスは稀代の名将と呼ばれる男が、ブルズとレイカーズという異なる、しかも毎年メンバーが変化していくチームに対してどのようなアプローチをとっていったかの貴重な記録だ。読者はまず冒頭でフィル・ジャクソンの指導方針を簡潔に説明される。それはシンプルな原則であり、フィル・ジャクソンという人物の生き方と密接に関わっているもので、その後のフィルのコーチングを追う中での重要な手掛かりとなる。

私たちが通常、コーチや上司の判断を評価するとき、目に見える合理性だけを基に評価してしまいがちだ。たとえばバスケットボールでは「あの選手は速く走れるから起用されている」として、「速攻の得意な選手が好きなコーチなんだな」と思う。しかしその裏でコーチは、「攻撃性を高める」ことや「主導権を早めに握る」こと、「仲間同士の相性」など、選手の見方では測れないような指導方針や物の見方に従って判断をしている。

こういった物の見方は通常、本書のような形でしかお目にかかれない。多くのプロスポーツの監督がメディアに向かって語る「判断の理由」は、受け手に届きやすい形で簡略化されている。その監督のバックグラウンドや物の見方に深く切り込んでくれるのは、やはり本書のような独白形式でまとめられた重厚な書籍の役割だ。

読者ははじめに指導方針を読んでからフィルの旅に参加する。そこでフィルの下す判断やスタープレーヤーと関わる際の素振り、物の見方を追体験していくことで、「こうすればこうなる」というメソッド志向のコーチングではなく、柔軟に現実と折り合い、人間関係の調和を実現していこうとするフィルのコーチング哲学を深く理解していくことになる。采配や選手獲得の記録、練習メニューからはわからない、生のコーチングに触れられる。

フィル・ジャクソンは「理想のチームや選手」像に一人一人を当てはめるようなことはしない。これやこれが揃えば優勝できる、というようにチームを構築するのではなく、むしろ選手たちを最大限に自由にさせて力を引き出し、それでいて調和させることに心血を注ぐ。あらゆることについて「私はこう考えるからこうしろ」という命令ではなく、選手に内面的な変化を促すことによって解決することを好む。

そんな作業にマニュアルがないのは当然だ。フィルの指導は経験と想像力の必要な作業であり、本書はその貴重なケーススタディなのだ。こちこちの机上の空論を山ほど頭に詰め込んで初めてのコーチングに赴く人や、完璧な理論を振りかざして部下の成果を引き出せない人には、論理的な言葉の技術とは異なる方角を向いているフィル・ジャクソンのコーチング人生にぜひ触れてみてほしい。

調和こそがチームを強く素晴らしくする

「調和」はフィル・ジャクソンのチーム哲学を語るうえで欠かせないファクターだ。結果を出す多くの組織は、優秀な人材に権限と自由を与え、周囲にそのやり方に合わせるように仕向け、追従させる。これは非常に手軽でわかりやすく、どんな人にも可能なやり方だ。「結果を出している人が強い」という現象は、どんな組織に所属している人も感じたことがあるだろう。

確かに強力な結果を出す人を重視するのは、組織が生き残っていくうえで不可欠なものだ。だがフィル・ジャクソンはチームに調和が大切だという認知を促す。ブルズの初年度でジョーダンが何でも一人でやりすぎることを見てとったフィルは、HCのダグ・コリンズに「チームメイトをどれだけ変えられたかが真のスターの証だ」として、集団をチームとしてまとめ上げる姿勢が彼に必要だと進言する。

フィル・ジャクソンのやり方は、自分が前面に出て主導権を握るのではなく、チーム一人一人がリーダーシップをもち、かつ相互に支援する気風を育むことを通じて成長と結束を実現しようとするものだ。それこそが結果をつかみ取るために必要なのだと彼は信じている。

もちろんジョーダンが一瞬で変わるわけでもないし、チームもその音頭に素直に従うわけでもない。だが本書を読めばマイケル・ジョーダンやスコッティ・ピッペン、ビル・カートライト、スティーブ・カーを初めとした選手たちが、どのようにリーダーシップと相互支援の輪を作り出し、ケミストリーを起こしていったかを追うことができ、その都度の問題や衝突に、フィルがどのような態度をとったかを学ぶことができる。

綿密に描かれるチームの進化は読者に驚きを与えるだろう。フィル・ジャクソンは選手一人一人との付き合い方や、問題についてのアプローチについて、繊細な検討を絶えず行っている。システムを重視しながらも、ジョーダンに自由を与える場面もある。心を合わせることを重視しても、仲間と仲たがいをしたコービーを干すようなことはしない。

フィル・ジャクソンは自分の「チームとは」という指導方針を無理やりに当てはめない。ロッドマンにはロッドマンにあった、シャックにはシャックにあったコミュニケーションをとろうと試み、なおかつ八方美人にならない姿勢は、チームにおいて「調和」を重んじることの大切さと、それが集団を率いる上で普遍的で重要な価値観であることを読者に証明してくれているようだ。

教え諭して引っ張り上げるのではなく、調和できるように導き支援する。強烈なエゴを持つNBA選手たちに結束の意味を体感させることで、バスケットプレーヤーとして新しいステージに引っ張り上げる。

繋がりと巡り合いの中で

フィル・ジャクソンはメンタルの領域を考える上で、東洋的なものへ傾倒していく。それは彼個人の人生と密接にかかわる問題なのだが、その中で彼は瞑想の重要性に気づき、選手たちにもその実践を勧める。普通の人なら一笑に付すような試みでも、実感して有効だと確信すれば導入をためらわない。

参考記事:瞑想のコツと方法をわかりやすく解説、効果を感じられるやり方とは?

スポーツと瞑想を結びつけるなど、多くの人には思いもよらないことかもしれない。だがフィル・ジャクソンは物事の繋がりあい方を熟知しようと努める人だ。本書には世界中の偉人の名言や各民族のことわざが随所に登場する。禅やインドの文化や宮本武蔵、老子やスティーブ・ジョブズの考え方までもが、フィル・ジャクソンが「チームをコーチする」上での参考材料になっている。

視野を広く持ち、物事の繋がりあい方を貪欲に探究する姿勢こそが、前述の「調和こそが大切だ」という考え方を生んだのだろう。フィル・ジャクソンは「シュートを決めた選手にパスをした人にパスをした人にパスをした人にまで目を向ける」という。一つのことに目を奪われず、なぜその現象が起こったかを深く検討する姿勢が、チームの中の人間関係を重要視する方針を生み出したのではないだろうか。

フィル・ジャクソンはあらゆることに対して「解決できる」という確信を持つ人ではない。問題に対してあえて深刻にとらえなかったり、放っておいたり、他の選手が何とかしてくれることを期待したりもする。本書は「おれはこんなことをしたぞ!」という自伝ではなく、「こういったことが私たちに起こってくれた。それについて私はこう考える」という、フィル・ジャクソンのトリップレポートなのだ。

「私がこうしたらこうなった」ではなく、11度のNBA制覇は「おそらくこういった要素のケミストリーによって成し得たのだろう」という省察を通して、フィル・ジャクソンは変化に対応すること、愛情の大切さ、過去や未来ではなく今に集中することの意味、思い通りにならない物事に心を揺さぶられすぎずに対処するかまえを教えてくれている。これは人生について教えてくれている本でもある。

レギュラーシーズン通算70.4%の勝率を残した名将と、NBAの頂点を極めた選手たちの闘いと友情の記録を子細に伝えてくれる本書は、随所にすべてのチームプレーヤーに重大な示唆を与えてくれるエピソードが満載だ。あなたがバスケ選手であろうとなかろうと、一度読んでみることで自分の殻を破り、新しい世界の見方を手に入れる一助になるだろう。勝利の神髄に触れることで、また別の自分に出会う機会を得られるのだ。



参考記事:マイケルジョーダンはなぜ伝説の選手なのか、スゴさがわかる動画9選
参考記事:ブルズとレイカーズを優勝させた、トライアングル・オフェンスの解説

今回の記事を書くにあたっては、出版社スタジオタック様より献本いただきました。ありがとうございました。
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