その質問に気を付けて! 「なぜ?」が相手を苦しめる可能性の話

質問と作話

チームでコミュニケーションをとるときに、「なぜそう思う?」とか「どうしてあんなことをしようと思った?」という言い方をしている人は多いかもしれない。この問いかけにはリスクがある。こういった問いかけを多用しているようなら、自分の言葉に注意してみるといい。

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「なぜ?」に気をつけること


「なぜ?」という問いかけで思考が縛られてしまうことがある。「なぜ生きているの?」という問いに、経験から得た手持ちの材料だけで答えろというのは、なんとか正解を求めようという人にとって苦行になりえる。混乱し、パニックになりかねない。相手の気持ちがわからないとき、自分の気持ちで手一杯なときは「なぜ?」を反射的に使うけれど、これは危険なことでもある。「なぜ?」という問いかけは、「あなたの行動や感じ方、在り方はおかしい、理解できない、ダメだ」というメッセージを孕みかねないものだ。

「なぜあなたはこんなことをしたの?」と言われれば、自分を責める人もいる。してはいけないことをしてしまったんだと思う。また、責められていると感じて反発する人もいる。「なぜ?」はその問いかけが発せられる背景・文脈を考慮に入れず、不用意に発せられれば、簡単に会話の方向性や人間の関係性を望まない方向へ押し流してしまいかねない。

上司やリーダーが相手をコントロールしようと「なぜ?」を使うと、この質問の危険性を知らない人には、萎縮か反発が起きやすい。萎縮し自分を責めたり混乱したり、緊張や動揺から余裕が失われる方向に行く。二度と「なぜ?」と責められまいと、こうして生きていくという規律で自分を縛り始めるかもしれない。反発は人のせいにしたりする。なぜこんなことが起こったか、それは周囲が、客が、あいつが、悪いからだと。これは人のせいにする人自身の性格が悪いとかではない。この問いかけは人に「自分は悪くない」という前提で状況の辻褄を合わさせる質問でもあるのだ。

「なぜ?」を相手に問わなければならない状況というのはそうそうない。肝心なのは「こういう状況ではこういう人はこうなりえる」という洞察や、「他人のすることはわからない」という慎ましい前提があれば、相手に「なぜ?」と聞く必要などそう起こらないということだ。「なぜ?」と怒り、相手を責める人は、自分の口ぶりが「私には相手のことを察する力や余裕がない」という告白になっているかもしれないと検証できない。「自分はこうして欲しい、あなたはこうあるべきだ」という欲望に、自分が取りつかれているかもしれないことにも意識がいかない。

人を責めることも、人をコントロールしようとすることも、人に心情を表明させようとすることも、失礼なことになりかねない。問いかけるとは、教えを請うことでもある。「なぜ?」を問うとしたら、「どうか私に教えていただけないでしょうか」という態度にならざるを得ない。そうではない問いかけ方が、何かを引き起こしているかもしれないと、頭の隅に入れておこう。人にものを教えたいのなら、「なぜ?」以外にも手段はあるのだから。

参考記事:教えるために必要な心得、人への教え方や指導するときのコツとは?
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