自分でイライラする原因を見つけ出す、イライラ解消法のための考え方

イライラを抑える方法

イライラするときは、イライラする出来事やイライラする相手のことが頭を占める。そこで一歩下がって、イライラしている自分を発見し、自分がイライラしている原因を醒めた思考で探っていくことで、イライラを自分のものにせず他人事のように眺められる可能性が広がる。そうしていけば、ときに過酷なものになるイライラの情念を、まともに噛み潰して飲み込むような時間を少なくしていけることだろう。

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イライラを抑え、解消していくために省みるポイント


イライラしているときは、悪い誰かのことを探している。悪い誰かのことで頭がいっぱいになっている。その間は、自分の力がなかったことを認めずに済む。誰かを探している自分を醒めた目で自覚できないと、いつまでもイライラが離れない。時間が過ぎて誰かとイライラが強く結びついてしまうと、その人に会うときにまた嫌な気持ちになる。気分転換も一時的なものになってしまう。遊びで憂さを晴らしても、職場に行くのがツラいのは変わらない。嫌な気持ちは避けようとすると意識に上がってきやすい、意識に上がってくるたびに膨らみやすい。

誰かにイライラするとき、自分の中に無意識に絡みついている価値観があるかもしれない。「人は○○するべき」「あの時に人はあんなことをするべきではない」「人をこういう風に扱う奴は失格だ」というような価値観。善悪の基準に似たもの。これを強く握りしめると、他人をジャッジし始める。評価をし、他人の行動に介入したりもする。固定的な価値観を頼りに生きようとすると、気づけば他人と衝突したりするだろう。他人が「そうでなければならない」ことなどないのに。他人がそうであって欲しいという空想的な期待が自分を苦しめる。

自分にだって足りないところがある。自分にだってある価値観に照らせば、欠点だとされるようなところがある。イライラしているときは自分の中の価値基準が暴走している。みんな仲良しといった「理想の人間関係」から離れるといいかもしれない。自分は自分の人生しか何とかすることが出来ない。あなたがそういう人ならば、私はこうします、という知恵のある姿勢が必要だ。相手をどうこうしようとしなくていい。自分の望みを貫く態度が、人を納得させることもある。わかりあえなかったとしても、それは仕方ないことだと受け入れると、見通しのなかった未来が遠くまで見えそうな感じがする。

自分に何か足りないものがあるはずだ、という目線で自分を見てみる。それは何だろうか。上手くやれないこと、足りないとわかっていたのについつい疎かにしてしまっていたこと、気が付くと手を抜いてしまっていたこと。他人がこうだったらいいのにという空想から離れて、イライラしてしまう出来事が起こった原因を自分の記憶の中に探っていくと、自分のなかに染みついた習性や、いまの自分に必要なものがわかるかもしれない。イライラがとれるときは、ただ自分がこうすればよかっただけなんだ、というような、スッキリとした感じがある。心地よい無力さと希望がある。

他人への期待を捨てること。子どものようにただ期待するだけでは展望がない、泣いたり怒ったりすることしかできない。その人がなぜそんなことをするのか、心理的な背景を知れば、確かにその人がそうするのは自然だということを納得できる。イライラの苦しさ、悩みを他人のせいにせず、自分の中に原因を求めるのはツラい。過酷なことだ。その経験が必要なことがきっとある。あると信じることが、終わりのないようなイライラ地獄の中で頼りになったりもする。
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