子どもや部下や仲間や生徒や選手は、あなたの前で未熟でいれますか?

accept-immature

アドバイスを「聞いてもらえていない」「伝わっていない」感覚を持ったとき、相手はあなたの前で、安心して未熟でいられるかを省みてみる。

sponsored link

あなたはその人にとって安心できる相手なのか?


素直な人は良く伸びる

何かを学んでいる時は、素直に自分と向き合い、自分の感覚や感情を自分でつかんでいる感じがする。この感じがなくなると学ぶというよりも、従う、無理に頑張るという方に行きがちになる。初心者のころは、楽しさを感じたり、感覚を開発していく余裕があった。が、誰かに「評価される」「修正される」ような関係にはまり込んでいくと、意識の重心が自分の内部ではなくその人との関係性に行きがちになる。その人の顔色を伺うようなことになってしまう。教えるときはこの関係性に気を配ってみる。

恫喝や暴力、レッテル、比較評価で人をコントロールするように教えると、教わる側は自分の感覚と向き合うような方には行きづらい。他人から見て自分がどういう存在か、脅かされないだろうか、という不安は成長を阻害する。ただ厳しくするだけではダメなのだ。ただ厳しくするだけでは「厳しくされても大丈夫な人」にしか、教えは伝わらない。未熟であっても安心できると感じられる教師であると、教わる方は変化・成長しやすい。

「未熟なやつはダメであり、人に迷惑をかける使えない奴」という人間観が頭から離れないのであれば、「教えが伝わらない感触」に何度ももどかしい思いをすることになるだろう。自分に余裕がないときは、こういった思考に傾きがちで、それがあなたの言動に小さくにじみ出てしまう。誰もが未熟であり、成長過程だ。未熟さを受け入れられる健やかさがある環境が、その人が未来に進むためにとても大切だ。
sponsored link

関連する記事

古武術オフェンス

シュートマジック
→→→試してみたレビューもこちらで公開中