正しさなんてマボロシだ! 「自分は絶対正しい」が危ない3つの理由

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私たちは自分の認識していることの範囲でしか、物事を考えることができず、「自分の考えは正しいはずだ」という頑固な思いを抱いてしまいがちになる。これは思考の大きな罠だ。

「自分が正しい」という考えは、おうおうにして間違っていることを私たちは理屈として知っている。知っていてなお、そのような思いに囚われてしまうことがある。「自分が正しいと信じる」ことをさせるのは、理屈ではなく対人関係の中で生じる私たち自身の感情だからだ。

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「正しさ」は存在しないという話


正しさは人との協力を阻む

たとえばあなたが「南は暖かい」ということを主張する。他の人に話しかける時に、南は暖かいという前提で話しかけるし、他の人にも同意して欲しいと思う。しかし、あなたの前に「いいや、南は暖かくない」という人が現れて、意見が対立する。あなたは思う。「こいつは何を馬鹿なことを言っているんだ! 南は暖かいに決まっているだろう!」

ストレスは溜まり、攻撃的になり、自分の考えが認められないという不安から、その相手と物事を分かち合い、協力していくのが難しいという感触を得る。自分の認識する「正しさ」をおびやかされると、正しいことを信じる人は拒否反応を起こすのだ。

しかしここでよく考える。相手が南半球の人間ならどうだろう? オーストラリアや南アメリカ、アフリカなどの南半球に住む人たちにすれば、「南は暖かい」というのは間違っており、北こそ暖かい。よく考えれば、これはどちらの言い分も正しく、間違っていないとわかる。そして、こんなことで対立するのはおかしいと気づけるはずだ。こういった形での食い違いが、多くの主張の対立で起こっている。

どちらも「自分の言っていることは正しい」という思いを持っているし、異なる主張をする人に「なんでそんな考え方になるんだ」という気持ちになっている。人は自分が間違っているとは思わない、その根拠にはそれぞれの「正しい理屈」がある。人の数だけ「正しいこと」があるというのは覚えておくといい。

「南は暖かい」と「南は暖かくない」という主張にはっきりと白黒をつけようとすれば、必ずどちらかは不満を持つ。そこで必要なのは、お互いの主張を解きほぐし、相手の立場になって物事を考えてみる事だ。「南は暖かい! だって南は暖かいからだ! お前は間違っている!」と自分の主張を振りかざし続けることは不毛だ。

絶対的な「正しいこと」はない。肝心なのは自分に「自分が正しい」と思い込ませる心の働きがあることを知ったうえで、相手がなぜ別の意見を持っているのか、その感情的な背景や論理を推察・把握することだ。仕事の会議で、部活の練習で、他人と意見がぶつかってしまったことがあるかもしれない。あるいはチームや責任者の方針に「なんでこうしないんだろう?」と思い、不満を持っているかもしれない。自分と相手を理解しなければ、正しさの檻から出ることは難しい。理解が訪れたとき、「自分が正しいんだ!」というネガティブな感情から抜け出す感じがする。

正しさは道を間違えさせる

「確証バイアス」とは「人は自分が信じたいことを補強してくれる材料に注目し、それ以外の材料に注意を払わなくなる」というものだ。

たとえば、満月の晩には事故が多発する、と信じている人がいたとしよう。この場合、その人は満月の晩に起きた事故だけに注目してしまい、満月の晩以外の日に起きた事故に注意を払ったりしなくなってしまうだろう。こうしたことが繰り返されると、満月と事故が関係しているという信念は、不当に強化されることになる。

引用ページ:確証バイアス confirmation bias
上記の例で言えば、「満月の夜は事故が多い」という自分なりの正しさは、それを自分が信じたいという感情によって、日常の情報の取捨選択の中で強化されていくわけだ。こういった確証バイアスは気づかないうちに意識に紛れ込む。あなたが「こうだ」と確信していることは、知らず知らずのうちに確証バイアスによって強化されて、思い込みたいから思い込んだ、という状態になっているのかもしれない。

これを避けるためには「自分は正しい」と思ったときに、それを万人に客観的に説明できる論理的な裏付けや枠組みを用意できるかを自分に問うといい。「満月の夜は事故が多い」と思うのなら、それを統計的に証明できる資料やデータはあるだろうか。南は暖かいとは、どのような観測条件(前提)でのみ主張しうるだろうか。そういったものがないのなら、「あいつはドリブルですぐミスをする」というような思いは正しいものではなく、思い込みだと疑おう。自分の思う正しさというのは、あやふやなものなのだ

正しさは現実を変えない

自分が正しいと思いこんでしまうと、人と理解しあえなくなり、道を間違えやすくなるだけでなく、現実を実際に変えることが難しくなる。これを説明するには下の引用を読んで欲しい。

あのね、ま、言いづらい話なんですけど、世の中には「頭のいい人になりたい人」というのがすごくたくさんいてね、多くの場合、その人たちが迷惑をかけるんですよ。なぜかというと、頭のいい人になりたい人たちは、すごく頭のいいことを考えて、みんながそれに従えば世の中がよくなると思ってるんです。で、法律や、決まりや、マニュアルをたくさんつくる。それに従えば幸せがやってくると思って。「1、こうするといいぞ」とか、書くんです。

でも、みんなは、頭のいい人の思惑を外れて、「えっと、4番はなんでしたっけ?」とか、「俺、じつは読んでないんですよ」とか、「まぁ、いいじゃないですか」とか言うわけです。そうすると、頭のいい人になりたい人たちは、「どうして大衆ってバカなんだろう」ってもう、涙を流しながら思うんです。「だから戦争が起こるんだ」とか言うんです。

でもね、彼らが言うようなことが、世の中を変えたことは一度もないんですよ。まあ、変える手伝いくらいにはなるにしても、本当になにかを変えるようなものっていうのは、「こっちのほうが美味しかったぞ」とか、「つかってみたら便利で、もう戻れないや」とか、そういう「事実が先に突っ走ったこと」ばかりで、決まりやルールは、あとからできるんです。

引用ページ:宮本茂さん、『wii fit』などを語る。


正しいことや正しいやり方を主張するだけでは、何かの現実を変えていくことはできない。現実を変えるためには他人に対してよい働きかけをし、実際に行動を起こしてもらわなければならないのだ。単純に「南は暖かい」と主張しても「違う!」という人はいるし、自身が間違った考えに囚われていることだってある。本当に問題を解決したい、現実を変えていきたいと思うなら、自分の中の「だってこれはこうなんだ!」という正しさに対する確信にしがみつくのではなく、「自分が置かれた状況では相手にどのように働きかけるのが有効か」を徹底的に考えて実践することが大事だ。

主張や意見の食い違いに攻撃的になったり不安になったりしたときに、この記事のことを思い出してほしい。自分の正しさを信じてやまないよりも、よい未来があなたに拓けてくるだろう。
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